2008年04月20日

「きょうの発言」第5回

「きょうの発言」第5回を転載いたします。


「ぜひ骨髄提供を」

先月、骨髄バンクのドナー(提供者)登録者が三十万人に達した。また、昨年一年間の骨髄移植例数は過去最多となったが、私はその中の一例にかかわる機会があった。

私は大学時代に骨髄バンクに登録したが、提供の機会がないまま十年以上が経ち、昨年ようやくドナーに選ばれたのだった。もちろん骨髄を提供することにためらいはなかったので、提供を決めた。

事前に健康診断や骨髄採取後に自分自身に輸血するための採血などで病院に通い、採取前日に入院した。採取は安全性に配慮されているとは聞いていたが、前日は不安でよく眠れなかった。採取は全身麻酔をかけ、ボールペンの芯ほどの太さの針を皮膚の上から刺し、注射器で吸引して行なう。脊髄から骨髄を採取すると誤解している人も多いが、そうではなく腸骨という骨盤の骨から採取する。

採取後は採取部位に痛みが残ったが、しばらくすると消えると聞いていたのでそう心配はしていなかった。それに、病気と闘う患者さんを思えば大した痛みではなかった。今では痛みも消え、以前と変わらない生活を送っている。

骨髄提供では入院時の支度金や交通費などの支給を除き、金銭が支払われることはない。また、骨髄提供に伴う後遺症のリスクは極めて低いが、決してゼロではない。

それでも骨髄提供をする価値は十分にあると思う。人の命を救う機会はそうあるものではないし、健康のありがたみを再認識するいいきっかけにもなる。

熊本県の骨髄バンクのドナー登録者数は、残念ながら人口比で全国平均をはるかに下回っている。皆さんにも骨髄移植への理解を深めていただき、一人でも多くの人が骨髄バンクに登録されることを願っている。

(2月5日付の熊本日日新聞夕刊より転載)



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2008年03月27日

「きょうの発言」第4回

「きょうの発言」第4回を転載いたします。


「式年遷宮の"役割"」

山崎菅原神社は、平安時代に創建された歴史ある神社で、菅原道真公をおまつりしている。古くより学問の神様として、また慶徳校区の氏神様として、「天神さん」などの愛称で親しまれてきた。

私が宮司になって以来、力を注いでいるのが境内の整備だ。老朽化した参道を改修したり、参道の周囲に石を敷き詰めたりして、参拝しやすい環境を整えた。またアジサイなど花が咲く植物を植え、季節を感じられるようにした。境内のバリアフリー化がいまだ進んでいないといった課題は残るものの、近頃では、「雰囲気が素晴らしいですね」とおっしゃっていただくことも増えた。

そうした声を聞くと、初めて伊勢の神宮に参拝した時のことを思い出す。ご正殿(しょうでん)と呼ばれる中心の社殿に続く長い参道の周囲には多くの木々が茂る。中には樹齢千年を超えるものもあり、境内は荘厳でありながらも柔らかい空気に包まれていた。まさに癒しの空間だと感じ、「ここには神様がいらっしゃるのだな」と自然に思えた。

その伊勢の神宮で、平成25(2013)年に「式年遷宮」が行なわれる。建物を全て新造し、神宝や神様の衣服も新調して、ご神体を新しい社殿におうつしする。約1300年にわたり続く20年に一度の大祭で、古来最も重要な祭儀の一つとされてきた。

この式年遷宮には多額の費用が掛かり、今回は約550億円が必要とされる。社殿を建て直すなど無駄ではないかという声もあるが、古い材木は地震で被災した神社の復旧に再利用されるなど、大切にされている。また、宮大工や美術工芸家を養成したり、優れた伝統工芸を継承し後世に伝えたりする役割もあることをぜひ知ってもらいたい。

(1月29日付の熊本日日新聞夕刊より転載)
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2008年02月25日

「きょうの発言」第3回

「きょうの発言」第3回を転載いたします。


「熊本の魅力」

私が宮司を務める山崎菅原神社は、大正4(1915)年から、現在地(熊本市桜町)に鎮座している。「桜町にあるのになぜ山崎菅原神社なのか」と疑問に思う方もいるだろう。参拝者からもよく同じ質問を受ける。

昔は、現在の桜町一帯から新市街、熊本放送がある辺りまでの区域を山崎町と呼んでいた。江戸時代は合同庁舎前の桜橋付近に鎮座していた当社は、西南戦争で社殿を焼失し、鎮台開設に伴い境内地が収用されたため、山崎新道(現在の肥後銀行本店の道向かい付近)に遷座した。このころから地名にちなんで山崎菅原神社と称されるようになったようである。

今月初め、当社と手取天満宮(上通町)、そして約200体の地蔵が並ぶ日限(ひぎり)地蔵(水道町)を参拝する「初詣さるく」が、熊本国際観光コンベンション協会の主催で開催された。参加者には、熊本市内に住みながら当社の存在を知らなかったという人も多かった。

皆さんは熊本の観光地や史跡についてどれだけご存じだろうか。知っているようで、地元のことは案外知らないものだ。しかし県外からの観光客が私たちに道や名所を尋ねた時に、「分からない」という答えが返ってきたら、がっかりするに違いない。

九州新幹線の全線開業を控え、県内各地で観光施設が作られたり、さまざまなイベントが開催されたりしている。こうしたことももちろん大事だが、まずは私たちが熊本のことをよく知るべきではないだろうか。あらためて県内の観光地に出掛けたり、図書館で史跡について調べるのもいいかもしれない。私たちが新たな魅力を発見して熊本の良さを引き出し、広くアピールすることが観光客の誘致には不可欠だろう。

(1月22日付の熊本日日新聞夕刊より転載)
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2008年02月17日

「きょうの発言」第2回

「きょうの発言」第2回を転載いたします。

県内各地で消防団の出初め式が行なわれている。今回は参加できなかったが、私が所属している熊本市消防団でも三千二百人の消防団員が参加して、十三日に開かれた。

私は地元の慶徳校区の分団で活動している。奉職する神社には、戦前に消防団員が奉納した牛の石像などが今も残っており、自分が消防団員になったのも何かの縁だと思っている。同じ分団にはテレビなどでおなじみのタレント、山内要さんも所属している。

さて、この消防団だが、全国的に見ると団員が最盛期の半分以下に減少している。また、団員の高齢化も問題となっている。私の分団も定員を満たしておらず、三十四歳の私が分団の中で最年少である。

消防団員が減少した理由の一つに、団員の負担が大きいことが挙げられる。昼夜を問わない出動、火災予防週間期間中や年末の夜警、消火活動の訓練などに多くの時間を割いている。活動中にけがをしたり、命を落とすことさえある。

このことから、「犠牲的奉仕団体」とも呼ばれる消防団であるが、時には心無い声を聞くこともある。夜警中に消防車から火災予防を呼びかけると、「うるさいので静かにしてくれ」と苦情が出たり、「消防団員は酒ばかり飲んでいる」と言われたりすることもある。こうした声を聞くと正直憤りを感じる。出勤前や休日に訓練を行ない、深夜でも電話が鳴ると飛び起きて出動する団員のことを、彼らは少しでも想像したことがあるのだろうか。

消防団の活動は決して楽ではないが、やりがいのある仕事である。団員は誇りを持って地域のために取り組んでいるので、皆さんも温かい目で見守ってほしい。また、一人でも多くの人に消防団に入団していただければ幸いである。

(1月15日付の熊本日日新聞夕刊より転載)
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2008年02月04日

「きょうの発言」第1回

ここ最近更新が滞っており、申し訳ございませんでした。今日は立春ですが、まだまだ寒さは和らぐ気配がないようです。インフルエンザなども流行っているようですので、みなさんもお体にはお気を付けください。

さて、1月より地元紙である熊本日日新聞の夕刊の「きょうの発言」欄にて、火曜日掲載分を執筆しています。夕刊を見ることが出来ない方のために、新聞に掲載された文章を転載したいと思います。第2回以降も転載する予定です。


あけましておめでとうございます。皆さんはもう初詣には出掛けられただろうか。今年の三が日は厳しい寒さにもかかわらず、私の奉職する神社にも多くの方が初詣にお見えになった。

さて、多くの人が眠りに就いている元日の早朝に、「四方拝」という儀式が皇居の神嘉殿(しんかでん)南庭にて行なわれていることをご存じだろうか。天皇陛下が五穀豊穰(ほうじょう)や国民の無病息災を願い、伊勢の神宮や山陵、四方の神々を遥拝される。このような皇室が行なう「宮中祭祀(さいし)」と言われる祭儀は、四方拝から大晦日の「大祓(おおはらい)」に至るまで、恒例のものだけでも年間に約二十件が行なわれている。

鎌倉時代に順徳天皇が朝廷の儀式や作法を記した「禁秘抄」の冒頭に「およそ禁中の作法、先(ま)づ神事、のちに他事」とあるように、歴代の天皇は祭祀を重んじできた。その伝統は今も受け継がれている。

皇室の公務が報じられることは多いが、こうした宮中祭祀が取り上げられることはめったにない。その理由の一つに、憲法の政教分離という原則から、宮中祭祀が皇室の私的行事とされていることがある。しかし、国民の無事を願う儀式にまで政教分離を問う必要があるのかと思う。

諸外国に目を向けても、完全に政教分離を行なうことは難しい。私が留学したフランスは政教分離が徹底しているが、それでも、「復活祭」など祝日の多くがキリスト教由来だ。しかし、生活に根ざした宗教は、文化や伝統と不可分だと肌で感じたので、それを疑問には思わなかった。

世界では戦火も絶えず、いまだ独裁者もいる中、国の象徴である天皇が国の平和や国民の幸せを祈る伝統を、私たちは誇りに思っていいのではないだろうか。

(1月8日付の熊本日日新聞夕刊より転載)
posted by 田邉正広 at 11:35 | 熊本 ???? | Comment(0) | TrackBack(0) | 「きょうの発言」(新聞連載)