改正出入国管理・難民認定法の施行で、新たに来日する外国人の指紋採取と顔写真撮影が、一昨日より義務付けられたそうです。
過去に強制送還になったので、偽造パスポートなどで入国しようとした外国人が、早くも導入初日に5人も見付かったそうです。初日だけでもこうですから、これまでにどれだけ多くの不法入国者がいたのかと思うと、背筋が寒くなります。
わたしがフランスに滞在した時は、滞在許可証を申請する際に指紋を採取されましたが、正体の知れない外国人を滞在させるわけですから、当然のことだと思いました。それに、いくら指紋を採られようが、犯罪を犯さなければいいわけですから。
この改正に日弁連や人権団体が反対しているそうですが、何故反対するのかと聞きたいくらいです。また、「来日する外国人のみの指紋採取は差別である」という意見もありますが、わたしは全ての日本人や特別永住者(いわゆる「在日コリアン」など)の指紋採取をしてもいいのではと考えています。
現在、世界各地でテロが起きています。日本だけが例外と思ってはいけません。テロや外国人犯罪の可能性を少しでも減らすのに、今回の法改正は有益であると思いますが、みなさんはどのように思われますか。
2007年11月22日
2007年10月03日
「集団自決に関する教科書記述問題」について考える(その2)
まずはお詫びをいたします。1日の日記で「軍の直接的な関与があったかどうかははっきりしない」と書いていましたが、軍が住民に自決用の手榴弾を配ったりしたなど、軍の関与があったのは事実のようです。そこに強制があったか否かが問題になっているようなので、教科書の記述が以下のように削除されたようです 。
例えば「日本軍は、県民を壕(ごう)から追い出し、スパイ容疑で殺害し、日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺しあいをさせ」となっていたある教科書の記述は、検定の結果、前半部分をほぼそのまま残した上で、「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった」と改められた。(10月3日付・読売新聞社説より)
1日の日記でも書いたように、集団自決に軍命があったことを否定する説がある以上、上のように修正されることに問題があるとは思えません。
さて、この問題に関心のある方は、以下の記事が参考になると思います。
10月3日付の読売新聞社説では、「史実に基づいて執筆されるべき歴史教科書の内容が、『気持ち』への配慮や、国会対策などによって左右されることがあってはならない。」と、1日の日記でわたしが述べたことと同じことを主張しています。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071002ig90.htm
10月2日の産経抄では、「沖縄戦では、集団自決とその後の地上戦により、住民の死傷者は軍人を上回った。戦後も長く米国の占領下に置かれ、本土復帰後も、米軍基地が集中したままだ。こうした沖縄の悲劇から、目をそらさないことと、教科書の不確かな記述を正すことは、なんら矛盾しない。」と述べられています。まさに正論です。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/87779/
9月29日の世界日報(統一教会系の新聞)では、参加者の主催者発表の嘘、学生が集会に動員された事実などが書かれています。真実を伝えなければならないと主張する人たちが嘘をついていては、何の説得力もありません。
http://www.worldtimes.co.jp/special2/okinawa929/main.html
「 沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣 」 大江健三郎氏の『沖縄ノート』にて、集団自決の命令を出したとの濡れ衣を着せられた、座間味島の当時の守備隊長であった梅澤裕氏について、櫻井よしこさんが書かれた記事です。
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2007/01/post_497.html
上に挙げた記事を見ていくと、この問題に対する印象も変わるのではないでしょうか。
例えば「日本軍は、県民を壕(ごう)から追い出し、スパイ容疑で殺害し、日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺しあいをさせ」となっていたある教科書の記述は、検定の結果、前半部分をほぼそのまま残した上で、「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった」と改められた。(10月3日付・読売新聞社説より)
1日の日記でも書いたように、集団自決に軍命があったことを否定する説がある以上、上のように修正されることに問題があるとは思えません。
さて、この問題に関心のある方は、以下の記事が参考になると思います。
10月3日付の読売新聞社説では、「史実に基づいて執筆されるべき歴史教科書の内容が、『気持ち』への配慮や、国会対策などによって左右されることがあってはならない。」と、1日の日記でわたしが述べたことと同じことを主張しています。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071002ig90.htm
10月2日の産経抄では、「沖縄戦では、集団自決とその後の地上戦により、住民の死傷者は軍人を上回った。戦後も長く米国の占領下に置かれ、本土復帰後も、米軍基地が集中したままだ。こうした沖縄の悲劇から、目をそらさないことと、教科書の不確かな記述を正すことは、なんら矛盾しない。」と述べられています。まさに正論です。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/87779/
9月29日の世界日報(統一教会系の新聞)では、参加者の主催者発表の嘘、学生が集会に動員された事実などが書かれています。真実を伝えなければならないと主張する人たちが嘘をついていては、何の説得力もありません。
http://www.worldtimes.co.jp/special2/okinawa929/main.html
「 沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣 」 大江健三郎氏の『沖縄ノート』にて、集団自決の命令を出したとの濡れ衣を着せられた、座間味島の当時の守備隊長であった梅澤裕氏について、櫻井よしこさんが書かれた記事です。
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2007/01/post_497.html
上に挙げた記事を見ていくと、この問題に対する印象も変わるのではないでしょうか。
2007年10月02日
「集団自決に関する教科書記述問題」について考える
ここ最近、「沖縄における戦時中の集団自決に関する教科書記述問題」がよく新聞で取り上げられています。この問題に関する様々な動きを見ていると、(従軍)慰安婦問題に言及した「河野談話」を思い出します。日本軍が慰安婦の強制連行を主体的に行なっていたという証拠が見付からなかったにもかかわらず、政治的配慮のために、日本軍が強制連行を行なったことを認めたのです。この発言は今でも尾を引いており、今春にはアメリカ合衆国の下院で「慰安婦問題に関する対日非難決議案」が提出されました。
「集団自決」について教科書に書かれていることで、何を削除するのかというと、「軍が直接関与した」かどうかがはっきりしないので、その部分を削除するわけであって、「集団自決」の記述を全部削除するわけではありません。まずはこのことを踏まえておいた方がいいと思います。
次に何故、「軍が直接関与した」という部分を削除するのかというと、軍が命令したという文書が一枚も見付かってないからです。軍隊は組織であるので、文書なしに命令を出すことは考えられません。また、軍命を否定する以下のような話もあります(以前にブログに書いた文章を一部引用)
渡嘉敷島での集団自決(注1)は長らく軍命令によるとされてきたのですが、実は軍命令なるものは存在しなかったということを、当時の琉球政府職員の方が証言したのです。
本来は自決の場合は弔慰金や遺族年金は受け取れないのですが、当時島にいた赤松元大尉に軍命令だったということにしてくれと依頼し、赤松元大尉もそれに同意したそうです。赤松元大尉は戦後苦しい思いをしていた島民たちに同情し、自らが汚名を着ることにしたのです。
戦後、赤松元大尉は残虐な司令官とレッテルを張られ、大江健三郎氏の本やマスコミにより、名指しで非難されたりもしました。ですが、赤松元大尉は死ぬまでこのことを黙っていたそうです。」
つまり、住民のことを思って、赤松元大尉は軍命があったと嘘をついたわけです。このように、軍命があったとするはっきりとした証拠がないことや、軍命を否定する証言が出て来ている以上、「軍の直接的関与があった」とは教科書には書けません。軍命があったという可能性もあるので、もちろん「軍の直接的関与がなかった」とも書けないわけです。
「集団自決に関する教科書記述問題」で何が問題かというと、否定する意見が言えない状況に陥っていることです。沖縄の方でも「集団自決の命令なんて聞いたことがない」という発言をされている方(注2)もいるようですが、その人たちの声がマスメディアに載ることはありません。こういう発言をさせない空気が、沖縄には流れているのだと思います。これでは沖縄の人たちが忌み嫌っているであろう、戦時中の状況と変わりがありません。
集団自決に追い込まれたり、集団自決の現場で肉親に手を掛けざるを得なかった沖縄の人たちには同情を禁じ得ません。ですが、このことと教科書の記述を削除するかしないかは全く別の問題です。これで教科書の記述が修正されれば、悪しき先例を残すことになります。歴史とはあくまでも資料を丹念に検証していき記されていくものです。感情に流されたり、政治的配慮に動かされたりしてはいけません。
注1:渡嘉敷島の集団自決の問題に関しては、現代史家の秦郁彦さんが、産経新聞にて的確な意見を述べられています。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/47598/
注2:発言については以下の「沖縄集団自決冤罪訴訟」のブログをご参照ください。
http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/34/
「集団自決」について教科書に書かれていることで、何を削除するのかというと、「軍が直接関与した」かどうかがはっきりしないので、その部分を削除するわけであって、「集団自決」の記述を全部削除するわけではありません。まずはこのことを踏まえておいた方がいいと思います。
次に何故、「軍が直接関与した」という部分を削除するのかというと、軍が命令したという文書が一枚も見付かってないからです。軍隊は組織であるので、文書なしに命令を出すことは考えられません。また、軍命を否定する以下のような話もあります(以前にブログに書いた文章を一部引用)
渡嘉敷島での集団自決(注1)は長らく軍命令によるとされてきたのですが、実は軍命令なるものは存在しなかったということを、当時の琉球政府職員の方が証言したのです。
本来は自決の場合は弔慰金や遺族年金は受け取れないのですが、当時島にいた赤松元大尉に軍命令だったということにしてくれと依頼し、赤松元大尉もそれに同意したそうです。赤松元大尉は戦後苦しい思いをしていた島民たちに同情し、自らが汚名を着ることにしたのです。
戦後、赤松元大尉は残虐な司令官とレッテルを張られ、大江健三郎氏の本やマスコミにより、名指しで非難されたりもしました。ですが、赤松元大尉は死ぬまでこのことを黙っていたそうです。」
つまり、住民のことを思って、赤松元大尉は軍命があったと嘘をついたわけです。このように、軍命があったとするはっきりとした証拠がないことや、軍命を否定する証言が出て来ている以上、「軍の直接的関与があった」とは教科書には書けません。軍命があったという可能性もあるので、もちろん「軍の直接的関与がなかった」とも書けないわけです。
「集団自決に関する教科書記述問題」で何が問題かというと、否定する意見が言えない状況に陥っていることです。沖縄の方でも「集団自決の命令なんて聞いたことがない」という発言をされている方(注2)もいるようですが、その人たちの声がマスメディアに載ることはありません。こういう発言をさせない空気が、沖縄には流れているのだと思います。これでは沖縄の人たちが忌み嫌っているであろう、戦時中の状況と変わりがありません。
集団自決に追い込まれたり、集団自決の現場で肉親に手を掛けざるを得なかった沖縄の人たちには同情を禁じ得ません。ですが、このことと教科書の記述を削除するかしないかは全く別の問題です。これで教科書の記述が修正されれば、悪しき先例を残すことになります。歴史とはあくまでも資料を丹念に検証していき記されていくものです。感情に流されたり、政治的配慮に動かされたりしてはいけません。
注1:渡嘉敷島の集団自決の問題に関しては、現代史家の秦郁彦さんが、産経新聞にて的確な意見を述べられています。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/47598/
注2:発言については以下の「沖縄集団自決冤罪訴訟」のブログをご参照ください。
http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/34/
2007年09月21日
光市母子殺害事件について思うこと(その2)
光市母子殺害事件について思うこと(その1)はこちら。
現在、光母子殺害事件の差し戻し審の控訴審が行なわれています。その中で、こういう場面がありました(以下の赤字で書かれている文章は、被告の弁護人である今枝仁弁護士のブログより転載)
被告人が、最後にそう述べた。
検察官が、「私は見たんだが、あなたは、先ほど、遺族の意見をメモしながら、すーっと1本線を引いて消したね。あれはどういうことか。」と聞いたのに対し、そのメモを示し、「そんなことはしていない。」と弁明した。
被告人は、そのメモを、検察官と被告人に示し、そのような線は入っていないことを示した。弁護人が、検察官が新たな濡れ衣を着せようとしたと反発し、「検察官は、誤りについて、撤回し謝罪されたい。」としたのに対し、検察官は、「その必要はない。」と返した。
検察官が被告人への偏見から勘違いを起こしたことに、怒りを覚えた私が、被告人に、「君に対し厳しい見方をされてこういう誤解も生じるから、これまでも、そしてこれからも、君に対してこういう誤解や濡れ衣(※検察官が、メモに線を引いたと非難したことを象徴)は、ずっと続いていくだろうが、その中でも君はくじけず強く生きていけるのか。」と聴いたところ、被告人が「はい。・・・検察官は、僕をなめないでいただきたいですね。」と答えた。
これだけでは被告人の言動を判断できないので、この場面を傍聴した、フジテレビの情報番組「とくダネ」の大村リポーターの話を、「you tube」という動画投稿サイトでチェックしてみました。
http://jp.youtube.com/watch?v=RPlmCmPFHWs
大村レポーターによると、被告人は検察官にメモを見せた後、被告人は検察官からメモを引ったくるようにして受け取り、それから裁判官のところに向かい、裁判官に向かってメモを叩き付けたのです。この場面の1分前には泣いていたそうですが、態度を豹変させた訳です。口では反省してるといいながら、心の中ではそう思ってないというのがよく分かります。本当に自分が悪いことをしたと思っているのなら、こういう態度は取れません。口でどう取り繕っても態度に出てしまうのです。
このことを知ると、集中審理の後の記者会見で、被害者の夫であり父である本村さんが被告人に対して、「やはり君には死刑が相当である」と発言した心境がよく分かります。わたしも本村さんに同感です。今回の被告人の態度を見て、そう強く感じました。
現在、光母子殺害事件の差し戻し審の控訴審が行なわれています。その中で、こういう場面がありました(以下の赤字で書かれている文章は、被告の弁護人である今枝仁弁護士のブログより転載)
被告人が、最後にそう述べた。
検察官が、「私は見たんだが、あなたは、先ほど、遺族の意見をメモしながら、すーっと1本線を引いて消したね。あれはどういうことか。」と聞いたのに対し、そのメモを示し、「そんなことはしていない。」と弁明した。
被告人は、そのメモを、検察官と被告人に示し、そのような線は入っていないことを示した。弁護人が、検察官が新たな濡れ衣を着せようとしたと反発し、「検察官は、誤りについて、撤回し謝罪されたい。」としたのに対し、検察官は、「その必要はない。」と返した。
検察官が被告人への偏見から勘違いを起こしたことに、怒りを覚えた私が、被告人に、「君に対し厳しい見方をされてこういう誤解も生じるから、これまでも、そしてこれからも、君に対してこういう誤解や濡れ衣(※検察官が、メモに線を引いたと非難したことを象徴)は、ずっと続いていくだろうが、その中でも君はくじけず強く生きていけるのか。」と聴いたところ、被告人が「はい。・・・検察官は、僕をなめないでいただきたいですね。」と答えた。
これだけでは被告人の言動を判断できないので、この場面を傍聴した、フジテレビの情報番組「とくダネ」の大村リポーターの話を、「you tube」という動画投稿サイトでチェックしてみました。
http://jp.youtube.com/watch?v=RPlmCmPFHWs
大村レポーターによると、被告人は検察官にメモを見せた後、被告人は検察官からメモを引ったくるようにして受け取り、それから裁判官のところに向かい、裁判官に向かってメモを叩き付けたのです。この場面の1分前には泣いていたそうですが、態度を豹変させた訳です。口では反省してるといいながら、心の中ではそう思ってないというのがよく分かります。本当に自分が悪いことをしたと思っているのなら、こういう態度は取れません。口でどう取り繕っても態度に出てしまうのです。
このことを知ると、集中審理の後の記者会見で、被害者の夫であり父である本村さんが被告人に対して、「やはり君には死刑が相当である」と発言した心境がよく分かります。わたしも本村さんに同感です。今回の被告人の態度を見て、そう強く感じました。
2007年05月28日
光市母子殺害事件について思うこと
みなさんは光市母子殺害事件のことをご存じでしょうか。平成11年の4月に、山口県光市で、当時18歳の少年が強姦目的で社宅に押し入り、女性(当時23歳)とその娘(生後11ヶ月)を殺害した事件です。この事件で最高裁は検察側の上告に対し、広島高裁の判決を破棄し、審理を差し戻しました。現在広島高裁にて差し戻し審の公判が行なわれています。
わたしは被害者の夫である本村洋さんと、被害者である妻の弥生さんとの書簡と育児日記を纏(まと)めた『天国からのラブレター』を読みました。2人が強い絆で結ばれた夫婦であったことが、この本から伝わってきました。ご夫婦と娘さんの3人の幸福な生活が理不尽な形で終わりを迎えたことに、改めて憤りを感じずにはいられませんでした。
さて、この事件の被告には現在21人の大弁護団が結成されています。冤罪の可能性があるのなら、分からないでもありません。ですが、この被告は、弥生さんを殺害した後に屍姦し、弥生さんに近付いてきた娘さんの夕夏ちゃんを床にたたきつけるなどした上、首に紐を巻き付けて窒息死させるという、残忍極まりない犯行を犯しているのです。
では、何故大弁護団が結成されたのでしょうか。その理由の1つが少年の死刑を回避させるためと言われています。この事件の主任弁護士の安田氏は死刑廃止論者で知られています。死刑廃止を主張することは構わないのですが、自らの主張をアピールするために裁判を利用するのが許せません。弁護団の主張をいくつか挙げてみましょう。
・強姦目的じゃなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた。
・(夕夏ちゃんを殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ。
・(検察は)被告を極悪非道の殺人者に仕立て上げ、死刑にしようとしている。
・屍姦は被害者の生命を復活させるための儀式であった。
こじつけにもほどがあるのではないかと思います。自らの主張を通すためだったら、どんなことでもやっていいのでしょうか。そのことが本村さんの心を傷付け、弥生さんや夕夏ちゃんをも侮辱することに、彼らは気付かないのでしょうか。
わたしは死刑は必要であると思います。死刑は犯罪抑止のためだけにあるのでもなく、被害者の復讐のためだけにあるのでもない。犯した罪を償うためにあるのだと思います。「自らの命を以てしか償えない罪はある。」とわたしは思いますし、この事件に関しても、被告は死刑に値する罪を犯したと思います。
本村さんは被告に対し死刑を望みながらも、「自分が本当に正しいことをしているのだろうか」と苦悩されているようです。わたしには、「先進国は死刑を廃止している」「死刑は残忍な刑罰だから廃止すべきだ」といった、自らの主張が絶対に正しいと思っている人たちの言葉よりも、本村さんの言葉が心に響きます。
まだ裁判は続くようですが、結審までこの裁判の成り行きを見守っていきたいと思います。
※この日記についてはウィキペディアの光市母子殺害事件の項目を参照(一部引用)しました。
わたしは被害者の夫である本村洋さんと、被害者である妻の弥生さんとの書簡と育児日記を纏(まと)めた『天国からのラブレター』を読みました。2人が強い絆で結ばれた夫婦であったことが、この本から伝わってきました。ご夫婦と娘さんの3人の幸福な生活が理不尽な形で終わりを迎えたことに、改めて憤りを感じずにはいられませんでした。
さて、この事件の被告には現在21人の大弁護団が結成されています。冤罪の可能性があるのなら、分からないでもありません。ですが、この被告は、弥生さんを殺害した後に屍姦し、弥生さんに近付いてきた娘さんの夕夏ちゃんを床にたたきつけるなどした上、首に紐を巻き付けて窒息死させるという、残忍極まりない犯行を犯しているのです。
では、何故大弁護団が結成されたのでしょうか。その理由の1つが少年の死刑を回避させるためと言われています。この事件の主任弁護士の安田氏は死刑廃止論者で知られています。死刑廃止を主張することは構わないのですが、自らの主張をアピールするために裁判を利用するのが許せません。弁護団の主張をいくつか挙げてみましょう。
・強姦目的じゃなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた。
・(夕夏ちゃんを殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ。
・(検察は)被告を極悪非道の殺人者に仕立て上げ、死刑にしようとしている。
・屍姦は被害者の生命を復活させるための儀式であった。
こじつけにもほどがあるのではないかと思います。自らの主張を通すためだったら、どんなことでもやっていいのでしょうか。そのことが本村さんの心を傷付け、弥生さんや夕夏ちゃんをも侮辱することに、彼らは気付かないのでしょうか。
わたしは死刑は必要であると思います。死刑は犯罪抑止のためだけにあるのでもなく、被害者の復讐のためだけにあるのでもない。犯した罪を償うためにあるのだと思います。「自らの命を以てしか償えない罪はある。」とわたしは思いますし、この事件に関しても、被告は死刑に値する罪を犯したと思います。
本村さんは被告に対し死刑を望みながらも、「自分が本当に正しいことをしているのだろうか」と苦悩されているようです。わたしには、「先進国は死刑を廃止している」「死刑は残忍な刑罰だから廃止すべきだ」といった、自らの主張が絶対に正しいと思っている人たちの言葉よりも、本村さんの言葉が心に響きます。
まだ裁判は続くようですが、結審までこの裁判の成り行きを見守っていきたいと思います。
※この日記についてはウィキペディアの光市母子殺害事件の項目を参照(一部引用)しました。