2007年10月31日

今日の境内の風景(平成19年10月31日)

いつの間にか10月も終わりです。今年も残すところ2ヶ月となりました。とはいうものの、熊本ではまだまだ暑い日が続いています。今日も昼間は体を動かしていると汗ばむくらいの暑さでした。最近、境内の植物をブログに載せていませんでしたので、今日はいくつか載せてみたいと思います。


スイセンの芽が伸びてきました。
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ユウガオ(ヨルガオ)も毎日のように花を咲かせています。
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先日、リンドウの苗を買ってきました。
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アサガオもまだ咲いています。
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posted by 田邉正広 at 21:24 | 熊本 ???? | Comment(0) | TrackBack(2) | 境内の風景

2007年10月29日

さよならを君が望むなら。

最近「イチハラヒロコ恋みくじ」を引きに来られる方が増えてきて、わたしが驚いてしまうくらいです。今日もおみくじを引きに来られた方がいらっしゃいましたが、その方が引かれたのは

「さよならを君が望むなら。」

でした。その方はショックを受けられて、お守りを受け取らずに帰ろうとされたので、慌てて引き止めました。そして、

「『さよなら』というと恋人や好きな人とさよならすることを連想する人が多いのですが、例えば『悪いこと』や『嫌なこと』、『2人の恋を妨げる存在』とさよならすることを意味しているとも解釈出来ますよ。」

とお話ししました。納得はされてなかったようですが、最初の時の表情よりも少しは明るくなったようでした。その方は幸守を受けていかれましたが、嫌なこととはさよならして、幸せをつかんでほしいものです。
posted by 田邉正広 at 16:20 | 熊本 ???? | Comment(0) | TrackBack(0) | イチハラヒロコ恋みくじ

2007年10月21日

急激な冷え込みと衣替え

ここ数日、熊本では冷え込みが厳しくなってきています。2週間ほど前までは最高気温が30度を超えており、日中は扇風機を使っていたのですが、わずか2週間で最高気温が10度も下がっています。

昨日、わたしが生まれた年(昭和48年)の気象データを見ていたのですが、10月に真夏日はなく、9月でも3日しかありませんでした。それに対し、今年は10月に入ってからでも真夏日が7日もありました。数十年単位での気温の変動もあるので、一概には言えませんが、ヒートアイランド現象や地球温暖化の影響が現れているのではないでしょうか。

さて、昨日は仕事が終わってから、先日の休みに引き続き衣替えをしていました。装束や白衣・袴などの衣替えは10月1日に済ませていたのですが、10月に入ってからも暑い日が続いていたので、スーツや普段着の衣替えは後回しにしていたら、突然のこの寒さです。慌ててセーターを引っ張り出しました。昨晩はカーディガンを羽織り、ヒーターを付けなければいけないくらい寒かったです。

急激な気温の変化で体調を崩しやすくなっていますので、皆様もどうかご自愛ください。
posted by 田邉正広 at 10:42 | 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 宮司の日記

2007年10月19日

骨髄移植顛末 その7(「骨髄提供を終えて」編)

退院してから数日で喉の痛みや排尿痛は消えました。採取部位の痛みも1週間ほどで感じられなくなりました。アルコールも退院してから3日で解禁です。これは退院する時に先生に一番に確認しました(笑) 手術前も含めて10日間ほど禁酒していたのですが、今まで生きてきてこんなに長くアルコールを取らなかったのは初めてでした。禁酒明けのビールは本当においしかったです。

入院していた時の食事のカロリーが低かったのと禁酒のおかげでしょうか、退院する時には体重が1キロくらい減っていました。その後も順調に体重が減って、今では入院する前に比べて体重が約3キロ減りました。いいことをして体重まで減るとは嬉しい限りです。

退院して約3週間後に血液検査がありました。ほぼ術前の状態に戻っているとの先生のお墨付きをいただきました。今ではすっかり術前と変わらない状態で、骨髄を提供したことが嘘のようです。

骨髄提供を終えての感想ですが、骨髄を提供して本当に良かったと思います。自分が骨髄を提供することで、人の命を救うことが出来るかもしれないのです。そういう経験はなかなか出来るものではありません。上にも書いたように手術後に痛みがあったりしますが、しばらくすれば消えます。ですが、骨髄を提供したという事実は消えることがありません。これからも骨髄を提供したということを誇りに思って生きることが出来るでしょう。自己満足といえば自己満足なのかもしれませんが。

さて、熊本の骨髄バンクのドナー登録者ですが、残念ながら全国平均を遙かに下回っています。人口比では下から2番目の少なさです。人口がほとんど変わらない三重県に比べて登録者数は1000人も少なく、人口が熊本より60万人も少ない大分県と登録者数がほとんど変わらないのです。平成17年度の人口10万人あたりの献血量では熊本県が全国トップですから、こうしたことに関心がないわけではないのでしょう。不思議な話です。

骨髄を提供する場合、入院時に支度金として5,000円が支給されるのと、検査や入退院時に交通費が支給される以外には金銭が支払われることはありません。アルバイトやパートの方は休むことが収入減に繋がるので、骨髄の提供を躊躇される方もいらっしゃると思いますが、こういった方をサポートしてくれる保険もあります。一例ですが、プルデンシャル生命の保険に加入していると、骨髄を提供した場合に入院給付金日額の20倍が手術給付金として支給されます。こうした取り組みは嬉しいですね。わたしは骨髄を提供してからこの保険のことを知りました。
http://www.prudential.co.jp/company/work/contribution/torikumi01.html

みなさんも一度骨髄バンクのホームページをご覧になってみてください。一人でも多くの方が骨髄バンクに登録されるよう願っております。

今回で骨髄移植顛末は最終回です。最後までお読みいただき有り難うございました。
posted by 田邉正広 at 19:45 | 熊本 ?J | Comment(0) | TrackBack(0) | ◎骨髄移植顛末記◎

2007年10月13日

ATTITUDE2007 人間の家−真に歓喜に値するもの

一昨日、熊本市現代美術館で開催されている「ATTITUDE2007 人間の家−真に歓喜に値するもの」を見に行ってきました。

わたしの見に行った美術館の中では五本の指に入るくらい、展覧会の質が高い熊本市現代美術館ですが、今回の展覧会も、いきなり入り口で打ちのめされてしまいました。最初に展示されていたのはアラーキーこと荒木経惟の作品です。奥さんと新婚旅行に行った時の写真と、奥さんと死別した時の写真が展示されていました。新婚旅行での奥さんの楽しそうな表情。棺の中に眠る奥さんの姿。誰もいない家でさみしそうにしている猫。作者の思いがわたしの心に突き刺さってきました。

次に打ちのめされたのが、ハンセン病の元患者さんたちの作品です。わたしは以前にハンセン病の療養施設を訪れたことがあります。施設に入所している方たちは、らい予防法が廃止されるまでの長い間強制的に隔離され、施設から外に出ることが出来ませんでした。わたしが施設から帰る時に、元患者さんたちが笑顔で見送ってくれたのですが、その笑顔を見て、「何故この人たちが隔離されなければならなかったのか」と悲しくなったことを、元患者さんたちの作品を見て思い出しました。

順路を進んでいくと、とても優しいタッチで描かれている絵がありました。心まで温かくなるような絵でしたが、作者の方は病気(事故だったかも)で全身の筋肉がほとんど動かず、絵筆を右手に縛ってこの絵を描いたそうです。どうしてそんな状況でこんな優しい絵が描けるのかと衝撃を受けました。 人は失うものがあっても、別の何かを得ることが出来るのでしょう。だからこそ苦難に負けずに生きることが出来るのかもしれません。

最後に飾ってあったのはハンセン病の元患者さんの女性の若い頃の写真でした。ドレスに身を包んだ美しい姿です。それだけに女性のその後の人生を思うと、辛い気持ちになってしまいました。

こうしてすっかり打ちのめされて、ホームギャラリーに入ったのですが、そこで目に入ったのが、こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』という漫画でした。最近映画にもなったのですが、どういう漫画なのかが気になったので、読んでみることにしました。原爆に遭遇した家族にまつわるお話なのですが、強く生きる登場人物たちに心を打たれました。

生きることの意味を考えさせられる一日でした。
posted by 田邉正広 at 10:34 | 熊本 ???? | Comment(0) | TrackBack(1) | 宮司の日記